はぬけ

 

久しぶりすぎる!!

このブログ、2014年の5月にはじめたというのに投稿したのはたったの7記事・・・。昔はブログなんてほとんど毎日書いてたのに・・・。

しかしながら私は中学3年の頃など、1年間で全教科合わせて2ページほどしかノートをとっていなかったし、語彙は「ヤバイ」「ウケる」「殺す」の3種類しか持ち合わせていなかったので、その頃と比べれば少しづつではあるが成長している思う。

2016年に至っては一度も投稿していないのだけど、何も書いていないからといって何も無かったわけでは勿論ない。双子を産んだり、ジェイソン・ステイサムとサシ飲みしたりはしてないけども、それなりには色々あったような気がするので、遅ればせながら備忘録的な意味も込めてざっくりと2016年を振り返っていきたいと思います。

 

1月は歌舞伎町のバーと立川の風俗でせっせと働いた。

あんま記憶無い

 

2月は九州へ旅行に行った。6泊で、福岡、山口、熊本、佐賀、大分、長崎を回った。福岡では5000匹の魚を氷漬けにしたアイスリンク演出で炎上し、後に2017年末での閉園を発表した北九州市にある最高の遊園地「スペースワールド」に行ったり、博多のホテルで、楳図かずおのサイン会で知り合った現在久留米在住の同じ大学を同じ時期に中退した友人の誕生日をお祝いしたりした。下関では朝イチで唐戸市場へ行き、ひれ酒を片手に新鮮な魚をたらふく食った後、巌流島と門司港に行った。熊本ではとりあえず熊本城へ行き馬刺しを食って、呼子ではイカを食って宇佐ではからあげを食って佐世保では佐世保バーガーを食って、結局ミニチュアダックスフンドの平均体重分くらい太って帰ってきた。

 

3月もあんま記憶ない。

 

4月には働いていた歌舞伎町のバーがホームレスのおっさんの放火によって全焼した。

悲しい事に火事が発端で店主と一部従業員の関係が悪化してしまい、ルノアール新宿区役所横店の貸会議室で話し合いの機会が設けられたのだけど、互いに罵詈雑言を浴びせあった末、離散することとなった。

その数ヶ月後、路上で酔っ払いの無礼なおっさんと喧嘩してたら終電を逃し、仕方なくネカフェを目指して靖国通りを歩いていたある時、偶然会った知り合いに「ルノアールの乱大変だったね」と言われ、私達のあの醜い争いに”ルノアールの乱”という名が付与されていることを知った。

 お見舞いとしてもらったテルマー湯の招待券は結局使わないまま期限を切らしてしまった。

 

 6月は、初海外旅行でヨーロッパへ行った。パリに3泊、ベルリンに2泊、ワルシャワに2泊、クラクフに2泊した。

ある日、ちょっと好きだった男と「戦場のメリークリスマス」のレイトショーを観に恵比寿の映画館へ行った帰り、昼頃まで酒をのんで締めにラーメンを食った後、話の流れで海外に行ったことがないという旨のことを話したら、行け!とか言ってH.I.Sに連れて行かれ、酔った勢いで航空券を予約されてしまったのだった。しかも一人で行ってこいよとのことだったので一人で行った。ホテル代も全部出してもらってバックパックも買ってもらったのでほとんど金はかからなかった。やっぴぃ

パリやベルリンではとりあえず観光地をざっくり観て、あとはなんの変哲もない場所を散歩したりなんの変哲もないものを食ったりして過ごした。

マジで英語がわからないので、駅やお店で購入システムがわからない時や道に迷った時などは、人相レーダーでお人好しっぽい人を捕まえて手伝ってもらいなんとかした。

パリは面白い街だったけど、ベルリンはなんでかわからんがあんまり記憶にない。そのへんの川辺で読んだヘッセの「荒野のおおかみ」が最高だった。

ベルリンからワルシャワまでは早朝出発の列車で5時間かけて行った。レムの「捜査」を読みながら大量買いしたハリボーやチョコレートをバカ食いするなどして地物を満喫した。

ポーランドは、その歴史にふさわしくなんだか暗い雰囲気の街だった。駅から降りた途端に暗かった。けど肌に合ったので一番くつろげた。

最大の目的でもあるアウシュビッツ強制収容所にも行けた。なにも下調べをしていなくて、前日になってホテルで慌ててネットで調べていたら、クラクフの駅から結構遠い上に、「予約が必須」とか「ツアー見学者しか受け付けていない」とか書いてあって絶望的な気分になったが、諦めるわけにもいかず、さいあく泣き落とし作戦しかねーなと思って行ったら普通に入れた。でも個人の自由見学は15:00〜19:00しか受け付けてもらえなかったので、結局2日連続で行くはめになった。(めちゃめちゃ広いのでアウシュビッツとビルケナウを4時間でまわるのはマジ無理)

1日目の帰りに最終バスを逃してタクシーでぼったくられた。

2日目は帰りのバスで知り合った香港人の女の子とクラクフの旧市街で肉食ってワイン飲んだ。

 

上半期の男関係は乱れに乱れていて、昨日誰と寝たっけ?今日は??明日は???明日ってもう今日だっけ????といった始末だった。浮気、不倫、売春、その他と錯綜していて、わたしを含めて周りにはまともな人間が一人もいなかった。抗生物質に強い耐性をもつ「スーパー淋病」の登場や、全国の梅毒患者数が5年で5倍増えているという性病に関するニュースを最近よくみるが、きっとわたしのようなクソ女や、わたしのようなクソ女と寝るようなクズ男が世の中に増えてしまった結果なのだろう。(※池袋クリニックにて行った性病検査の結果は奇跡的に陰性。)

 

夏は帰省して、NAVERまとめで得たような知識をひたすら喋り続けたり、深夜にカップラーメンやポテチを食いながら動画サイトでアニメを観ていたりとダメな浪人生みたいな生活をしている母親を見て、心底辟易したり、身勝手な同情で涙を流すなどしたりした。犬はいつでもかわいい

地元に帰った時に家族以外で会う人間は一人しかいなくて、工場で働いていた時に仲良くしていた中卒のギャルなんだけど、彼女はいわゆる妾の子で父親を知らなくて(刑務所にいるらしい)一時は自身も不倫にどっぷりで(妹も不倫相手との間の子供を産んでる)DVのクソジジイに孕まされて、産むしかないとかなんとか言ってた時期もあって心配だったが、現在は真面目に働く優しそうな年の近い男と結婚し、子供ももうけて立派な一戸建ても購入し、しあわせそうに暮らしていた。

明るくて素直で努力家で絶対に人前で弱音を吐かないし美人だし、電動ドライバーでビス打ちするのだってめちゃくちゃ速いし、こんな素敵な子はいつかしあわせになれなきゃおかしい!とずっと思ってたのでわたしも嬉しかった。正直、もう私みたいな人間とは関わらない方がいいと思う

あとは、特に理由もなく京都へ遊びに行った。安井金比羅宮という縁切り神社に行って、「もう二度と風俗も不倫もしたくないです。あらゆる悪縁が切れますように。」と絵馬に書いてお願いしてきた。

私は夜の伏見稲荷が大好きなので暗くなった頃に伏見稲荷に行って、誰もいない中頂上まで歩いてサイコーの気分で京阪の伏見稲荷駅で帰りの電車を待っていたら、駅のホームで外国人観光客を相手に笑いをとろうとして激スベリしてるタンクトップに短パン姿で紙袋を持ってるおっさんがいて横目で見ていたのだけど、電車に乗ったら何故か私の隣まで歩いてきて、ずっと独り言を言ってるので、これは話しかけて欲しいやつだなと思ったのでやれやれといった気持ちで「おっさんどこから来たの?」と話しかけた。 

おっさんは西成の出身で、歯が無いのはクッピーラムネの食いすぎで、京都にはお世話になってる師匠に会うために来たとのことらしかった。色々話してたら盛り上がって、でも降りる駅が近くなって来たので無理矢理話のまとめにかかって、じゃあねと言って降りたらそのまま話の続きをしながらついて来ちゃって、渾身の面白さアピールで私を繋ぎ止めようとしていたのだけど、「いや、マジで用事あるからバイバイだよおっさん。またね」と言って別れた。

 そして翌日の夜、木屋町を歩いていたら、聞いたことのある声で話す見たことのあるおっさんが目の前にいて、マジでまた再会してしまった。おっさんも私も金が無いので再会を祝してファミマで酒を買って路上で飲んだ。

おっさんは「奢ったる!チョコボールでも何でも好きなもん買えや!」と言って事務用品としてよく使われているメッシュケースにお金を入れたものを紙袋から出して渡してきた。先日、財布を盗まれたのでそれが財布代わりらしかった。おっさんは鬼ころしを、私は氷結を買って店を出た。

 話を聞くと、おっさんは元体育教師で、2回刑務所に行ったことがあるらしかった。

刑務所の中での話や、元嫁が死んだかもしれないって話や、80の婆さんとヤったら婆さんの手首が折れちゃって病院に通いつめたらお礼に寿司食わせてもらえたって話などをして来た。「剥けちんぽ」が口癖だった。しかしよくよく聞いているとただの下ネタではなくてその「剥けちんぽ」には哲学的な意味がはらんでいたらしかったので傾聴することにした。

「お前にスーパー玉出に100円で売ってる大量のニンニク炒めたやつをチキンラーメンに全部乗っけたやつを食わしてやりたいわ!ご馳走やで!!食いに行こう!」って言われたけど、行かないよと言って断ったら、紙袋からごはんですよを取り出して餞別にくれた。たぶんさっきのファミマで万引きしたやつだなと思った

最後に、紙袋にいつも何入れてんのか聞いたら、箱ティッシュって言ってて、何でか聞いたら「いつどこででもシコれるように」とのことだった。

 

 裁判の傍聴にも初めて行ったし、都知事選の時は初めて選挙ボランティアをやったりもした。鳥越俊太郎の演説を聴きに行った帰りにジョナサンに行ったら福島みずほが旦那とステーキを食ってて面白かった。トイレから出てきたところで話しかけて握手したら手がビチョビチョで、そのまま手を離さず社会民主主義について捲し立てられてまた面白かった。名刺もくれて、今度参議院議員会館で無料で映画会やるから来てください〜と言われたので行った。

初回は木下恵介の「陸軍」だった。木下恵介陸軍省からの依頼で戦前に撮った最後の作品なんだけど、今の感覚で観たらどこが反戦映画?って感じなんだが、当時はこれで木下恵介はしばらく(戦後まで)干されたらしい。軍国主義おそるべし。岩井俊二が来ていて、あ、岩井俊二だ〜と思った。

 バック・トゥ・ザ・フューチャーリバイバル上映にも通った。全シリーズの上映は滅多にないことなので行けてよかった!!あれは結局ドクとマーティの友情の映画だよね!最高すぎて号泣してしまった。本当に大好きだな。本当に大好きです。最強のエンタメです

 

 そして10月あたりからは絶対に風俗から足を洗うぞと覚悟を決めて、まずは本屋で年明けまでの短期バイトを始めた。11月の誕生日当日には兵庫の豊岡でスカイダイビングをした。

最近は自分の誕生日には何でもいいから何かしようと思ってて、まぁサプライズパーティとか開いてくれちゃう友人もいないしただ寂しさから逃げたいだけなんだけど、25歳の誕生日の時はレズ風俗とか行ってめんどくさいから何も書かないですけど結構楽しかったですよ。

何で兵庫かというとあまりにも思いつきすぎて近場だとどこも予約が埋まってて、当日飛べるのが兵庫県豊岡市にある「スカイダイビング関西」だけだったからです。

前日に京都まで前乗りして朝一でラーメン食って生理2日めというありえないバッドコンディションの中で飛びました。

飛ぶ前は緊張したし多少は怖かったけど、飛び降りた後は味わったことのない風圧を受け止めるのに必死で怖いと思う余裕すらなかった。息できないし目開かないし、インストラクターの人に「すいません、この状況に耐えられるの少なく見積もってあと10秒くらいです」って言いたかった。実際、たぶん飛び降りて1分もしないでパラシュートが開かれたので、ほんとに一瞬のことだった。

あとは5分くらいかけてゆらゆら降りるだけなので景色を眺めながら着地した。んで、しばらく気持ち悪くてトイレにこもってた。どうやらスカイダイビングは酔うらしいです。1万くらいで飛べるなら3ヶ月に1回くらい飛びたいなって感じでした

  

 年末はそれなりに忘年会らしいことはしたかもしれないが特に何もなかった。

 

以上、2016年の出来事でした。