ユリ節

6月14日、昼の12時に精神統一が必要な重めのイベントが控えていたが、余裕をもたせて早起きをすることができなかった。とはいえ、ギリギリという訳でもなかった。なので私は、急ぐことも、ゆったりとすることもなく出かける準備を進めていった。

前日夜更かしをしたせいでむくんでパンパンになった自分の顔のいたるところに、念入りに科学物質を塗り重ねていった。肌は白くなり、目の周りは黒くなり、頬や唇は赤くなった。そして、美人ならさぞ楽しいのだろうなという気持ちで顔をしかめながら鏡の前で何回も服を着替えた。鏡の中の自分と何回か目が合ったが、その度に自嘲気味の乾いた笑いが出た。

アバターの衣装が決定したところで、家を出てパンクぎみの自転車にまたがり駅に向かった。久々にスカートというものをはいたので、足がスースーする感覚を楽しんだ。

電車の中で読みかけの本を開いた。だけど目的の駅に近づくにつれ、文字に心が追いつかなくなっていき、一つ前の駅で本を閉じて静かに深呼吸した。しおりは読む前の元の位置に挟んだ。

目的の駅に着くと、ある場所に電話をした。場所の説明を受けて、歩いて5分くらいのところにある工事中のビルに向かった。

エレベーターが降りてくるのを待っていると、全体的に媚茶色をした変な男に話しかけられた。この手のビルの入口付近でウロウロしている男の目的をわたしはよく知っているが、なにがなんだかわからないといった顔をしてそそくさとエレベーターに乗り込み⑦のボタンを押した。

エレベーターを降りてカーテンを潜ると、受付には口髭を生やしている眠そうな顔をした男と、スキンヘッドの大柄な男の二人がいた。二人ともスーツを着ていたが、勿論堅気の着こなしではなかった。

口髭の方に下の階へ移動させられて、履歴書代わりになるという応募用紙に名前、住所、電話番号、自宅から勤務地までの距離などを書かされた。その他、借金はありますか?傷跡やタトゥーはありますか?などという質問にも正直に答えた。身分証のコピーもしっかり取られた。

その後、口髭と代わって店長と名乗る男が現れた。話し方に特徴があって、アクが強く、面倒くさそうな男だったが、卑怯な人間ではなさそうだった。闇金ウシジマくんの登場人物にいそうで、しかも殺されてそうだな、というのが最初の印象だった。

言われるがまま小さなスタジオに移動し、下品なピンク色のナース服に着替えさせられ、寄せたり上げたりしながらカメラの前で渾身の作り笑いを決めた。1時間後にはフォトショのプロが加工したわたしではない誰かの写真が店のホームページに上がる。

そんなこんなで1年ぶり(7回目)くらいの風俗復帰を果たしたのでした!

この日は、競馬と酒が好きな日焼けが似合う職人の男、西武球場でもらえるピンバッジをリュックにたくさんつけている野球オタクの毛深い男、イオンシネマで映写のバイトをしている弟より年下の21歳の男の子、帰りに車で待ち伏せして家まで送るよ攻撃を仕掛けてきた音楽関係の仕事をしている自信過剰な男の4人が相手だった。

不思議と、良心の呵責や、不安、葛藤など、予想していたあらゆるネガティブな感情は少しも生まれなかった。心の鏡である部屋も変わらず綺麗なままだ。頭の中ではアンパンマンのマーチが流れている。わたしはあんぱんはどちらかというとこしあん派だ。