タイムカウンセラー

時の流れというものはいつもわたしを驚かせ、そして泣かせてくる。今だってそうだ。いつものように仕事を終え、いつものようにレンタルビデオ店に寄り、いつものように1本100円のDVDを4本借りて、家に帰ってくるなりそれをテーブルの上に放り投げ、ベッドの上に腰掛ける。金魚の死骸のようなプカプカとした視線をぼんやりとカレンダーに合わせると、2015年の半分が終わろうとしている事に気づく。ついさっきまでこたつでみかんを食べていたというのに!?

世の中なんとかしようと思えばなんとかなる事なんてのは山ほどあるが、時間だけはどうにもならない。戻れよ進めよ止まれよと願ったところでそれが実現することはありえない。わたしは机の引き出しにタイムマシンを隠してる訳でもなければ、ザ・ワールドが使えるスタンドを持っている訳でも無いからだ。

ふと、人生とは一体何ヶ月あるのだろうと考えた。インターネットという文明の利器を使って調べたところによると、現在の日本人女性の平均寿命はなんと86歳なのだそうだ。それを踏まえて、一ヶ月を平均30日として計算すると、大体1046ヶ月ということになる。偶然にも自宅から会社までの往復の交通費とピッタリ同じ数字が出てしまった。この気持ち悪くてどうでもいい偶然から何か意味を読み取ってみたかったが特になにも思い浮かばず、そんなことより往復の交通費が1046円もかかる会社になんてもう行きたくねえな、自転車で5分で行けて時給5000円くらいのところで働きてえなと思った。

ところで、この1046という数字、少ないと感じる人間もいれば、多いと感じる人間もいるだろう。私はというと、最近の自分の体感時間での1ヶ月を考慮すると、とても多いとは思えなかった。それどころか、驚く程少なく感じた。既に283ヶ月という月日を過ごしてしまっているし、どう足掻いたところで加齢による人生の加速は免れないだろうと思うからだ。ジャネーの法則にも、「生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例する」とある。(シュタインズ・ゲートで得た知識!)

それに、人生とは心も身体も思うように動かなくなってからの方がずっと長いのだ。思うように動く残された時間はたぶん想像以上に少ないだろう。しらんけど。

”わたしは一体何をやっているのだろう・・・”というごく当たり前な感情が私の気分を暗くさせ、この暑い中、頭から布団をかぶらせた。何百回、何千回、何万回と感じている事だ。この感情とは数え切れないくらい同じ夜を過ごしたが、常にわたしを苦しめてきた。慣れることはなかったし、慣れたくもない。折り合いをつけ、共存するつもりなど毛頭無いからだ。自分の人生を確信する日なんてくるのだろうか・・。くれば私のおかげだし、こなけりゃ私のせいだ。