はぬけ

 

久しぶりすぎる!!

このブログ、2014年の5月にはじめたというのに投稿したのはたったの7記事・・・。昔はブログなんてほとんど毎日書いてたのに・・・。

しかしながら私は中学3年の頃など、1年間で全教科合わせて2ページほどしかノートをとっていなかったし、語彙は「ヤバイ」「ウケる」「殺す」の3種類しか持ち合わせていなかったので、その頃と比べれば少しづつではあるが成長している思う。

2016年に至っては一度も投稿していないのだけど、何も書いていないからといって何も無かったわけでは勿論ない。双子を産んだり、ジェイソン・ステイサムとサシ飲みしたりはしてないけども、それなりには色々あったような気がするので、遅ればせながら備忘録的な意味も込めてざっくりと2016年を振り返っていきたいと思います。

 

1月は歌舞伎町のバーと立川の風俗でせっせと働いた。

あんま記憶無い

 

2月は九州へ旅行に行った。6泊で、福岡、山口、熊本、佐賀、大分、長崎を回った。福岡では5000匹の魚を氷漬けにしたアイスリンク演出で炎上し、後に2017年末での閉園を発表した北九州市にある最高の遊園地「スペースワールド」に行ったり、博多のホテルで、楳図かずおのサイン会で知り合った現在久留米在住の同じ大学を同じ時期に中退した友人の誕生日をお祝いしたりした。下関では朝イチで唐戸市場へ行き、ひれ酒を片手に新鮮な魚をたらふく食った後、巌流島と門司港に行った。熊本ではとりあえず熊本城へ行き馬刺しを食って、呼子ではイカを食って宇佐ではからあげを食って佐世保では佐世保バーガーを食って、結局ミニチュアダックスフンドの平均体重分くらい太って帰ってきた。

 

3月もあんま記憶ない。

 

4月には働いていた歌舞伎町のバーがホームレスのおっさんの放火によって全焼した。

悲しい事に火事が発端で店主と一部従業員の関係が悪化してしまい、ルノアール新宿区役所横店の貸会議室で話し合いの機会が設けられたのだけど、互いに罵詈雑言を浴びせあった末、離散することとなった。

その数ヶ月後、路上で酔っ払いの無礼なおっさんと喧嘩してたら終電を逃し、仕方なくネカフェを目指して靖国通りを歩いていたある時、偶然会った知り合いに「ルノアールの乱大変だったね」と言われ、私達のあの醜い争いに”ルノアールの乱”という名が付与されていることを知った。

 お見舞いとしてもらったテルマー湯の招待券は結局使わないまま期限を切らしてしまった。

 

 6月は、初海外旅行でヨーロッパへ行った。パリに3泊、ベルリンに2泊、ワルシャワに2泊、クラクフに2泊した。

ある日、ちょっと好きだった男と「戦場のメリークリスマス」のレイトショーを観に恵比寿の映画館へ行った帰り、昼頃まで酒をのんで締めにラーメンを食った後、話の流れで海外に行ったことがないという旨のことを話したら、行け!とか言ってH.I.Sに連れて行かれ、酔った勢いで航空券を予約されてしまったのだった。しかも一人で行ってこいよとのことだったので一人で行った。ホテル代も全部出してもらってバックパックも買ってもらったのでほとんど金はかからなかった。やっぴぃ

パリやベルリンではとりあえず観光地をざっくり観て、あとはなんの変哲もない場所を散歩したりなんの変哲もないものを食ったりして過ごした。

マジで英語がわからないので、駅やお店で購入システムがわからない時や道に迷った時などは、人相レーダーでお人好しっぽい人を捕まえて手伝ってもらいなんとかした。

パリは面白い街だったけど、ベルリンはなんでかわからんがあんまり記憶にない。そのへんの川辺で読んだヘッセの「荒野のおおかみ」が最高だった。

ベルリンからワルシャワまでは早朝出発の列車で5時間かけて行った。レムの「捜査」を読みながら大量買いしたハリボーやチョコレートをバカ食いするなどして地物を満喫した。

ポーランドは、その歴史にふさわしくなんだか暗い雰囲気の街だった。駅から降りた途端に暗かった。けど肌に合ったので一番くつろげた。

最大の目的でもあるアウシュビッツ強制収容所にも行けた。なにも下調べをしていなくて、前日になってホテルで慌ててネットで調べていたら、クラクフの駅から結構遠い上に、「予約が必須」とか「ツアー見学者しか受け付けていない」とか書いてあって絶望的な気分になったが、諦めるわけにもいかず、さいあく泣き落とし作戦しかねーなと思って行ったら普通に入れた。でも個人の自由見学は15:00〜19:00しか受け付けてもらえなかったので、結局2日連続で行くはめになった。(めちゃめちゃ広いのでアウシュビッツとビルケナウを4時間でまわるのはマジ無理)

1日目の帰りに最終バスを逃してタクシーでぼったくられた。

2日目は帰りのバスで知り合った香港人の女の子とクラクフの旧市街で肉食ってワイン飲んだ。

 

上半期の男関係は乱れに乱れていて、昨日誰と寝たっけ?今日は??明日は???明日ってもう今日だっけ????といった始末だった。浮気、不倫、売春、その他と錯綜していて、わたしを含めて周りにはまともな人間が一人もいなかった。抗生物質に強い耐性をもつ「スーパー淋病」の登場や、全国の梅毒患者数が5年で5倍増えているという性病に関するニュースを最近よくみるが、きっとわたしのようなクソ女や、わたしのようなクソ女と寝るようなクズ男が世の中に増えてしまった結果なのだろう。(※池袋クリニックにて行った性病検査の結果は奇跡的に陰性。)

 

夏は帰省して、NAVERまとめで得たような知識をひたすら喋り続けたり、深夜にカップラーメンやポテチを食いながら動画サイトでアニメを観ていたりとダメな浪人生みたいな生活をしている母親を見て、心底辟易したり、身勝手な同情で涙を流すなどしたりした。犬はいつでもかわいい

地元に帰った時に家族以外で会う人間は一人しかいなくて、工場で働いていた時に仲良くしていた中卒のギャルなんだけど、彼女はいわゆる妾の子で父親を知らなくて(刑務所にいるらしい)一時は自身も不倫にどっぷりで(妹も不倫相手との間の子供を産んでる)DVのクソジジイに孕まされて、産むしかないとかなんとか言ってた時期もあって心配だったが、現在は真面目に働く優しそうな年の近い男と結婚し、子供ももうけて立派な一戸建ても購入し、しあわせそうに暮らしていた。

明るくて素直で努力家で絶対に人前で弱音を吐かないし美人だし、電動ドライバーでビス打ちするのだってめちゃくちゃ速いし、こんな素敵な子はいつかしあわせになれなきゃおかしい!とずっと思ってたのでわたしも嬉しかった。正直、もう私みたいな人間とは関わらない方がいいと思う

あとは、特に理由もなく京都へ遊びに行った。安井金比羅宮という縁切り神社に行って、「もう二度と風俗も不倫もしたくないです。あらゆる悪縁が切れますように。」と絵馬に書いてお願いしてきた。

私は夜の伏見稲荷が大好きなので暗くなった頃に伏見稲荷に行って、誰もいない中頂上まで歩いてサイコーの気分で京阪の伏見稲荷駅で帰りの電車を待っていたら、駅のホームで外国人観光客を相手に笑いをとろうとして激スベリしてるタンクトップに短パン姿で紙袋を持ってるおっさんがいて横目で見ていたのだけど、電車に乗ったら何故か私の隣まで歩いてきて、ずっと独り言を言ってるので、これは話しかけて欲しいやつだなと思ったのでやれやれといった気持ちで「おっさんどこから来たの?」と話しかけた。 

おっさんは西成の出身で、歯が無いのはクッピーラムネの食いすぎで、京都にはお世話になってる師匠に会うために来たとのことらしかった。色々話してたら盛り上がって、でも降りる駅が近くなって来たので無理矢理話のまとめにかかって、じゃあねと言って降りたらそのまま話の続きをしながらついて来ちゃって、渾身の面白さアピールで私を繋ぎ止めようとしていたのだけど、「いや、マジで用事あるからバイバイだよおっさん。またね」と言って別れた。

 そして翌日の夜、木屋町を歩いていたら、聞いたことのある声で話す見たことのあるおっさんが目の前にいて、マジでまた再会してしまった。おっさんも私も金が無いので再会を祝してファミマで酒を買って路上で飲んだ。

おっさんは「奢ったる!チョコボールでも何でも好きなもん買えや!」と言って事務用品としてよく使われているメッシュケースにお金を入れたものを紙袋から出して渡してきた。先日、財布を盗まれたのでそれが財布代わりらしかった。おっさんは鬼ころしを、私は氷結を買って店を出た。

 話を聞くと、おっさんは元体育教師で、2回刑務所に行ったことがあるらしかった。

刑務所の中での話や、元嫁が死んだかもしれないって話や、80の婆さんとヤったら婆さんの手首が折れちゃって病院に通いつめたらお礼に寿司食わせてもらえたって話などをして来た。「剥けちんぽ」が口癖だった。しかしよくよく聞いているとただの下ネタではなくてその「剥けちんぽ」には哲学的な意味がはらんでいたらしかったので傾聴することにした。

「お前にスーパー玉出に100円で売ってる大量のニンニク炒めたやつをチキンラーメンに全部乗っけたやつを食わしてやりたいわ!ご馳走やで!!食いに行こう!」って言われたけど、行かないよと言って断ったら、紙袋からごはんですよを取り出して餞別にくれた。たぶんさっきのファミマで万引きしたやつだなと思った

最後に、紙袋にいつも何入れてんのか聞いたら、箱ティッシュって言ってて、何でか聞いたら「いつどこででもシコれるように」とのことだった。

 

 裁判の傍聴にも初めて行ったし、都知事選の時は初めて選挙ボランティアをやったりもした。鳥越俊太郎の演説を聴きに行った帰りにジョナサンに行ったら福島みずほが旦那とステーキを食ってて面白かった。トイレから出てきたところで話しかけて握手したら手がビチョビチョで、そのまま手を離さず社会民主主義について捲し立てられてまた面白かった。名刺もくれて、今度参議院議員会館で無料で映画会やるから来てください〜と言われたので行った。

初回は木下恵介の「陸軍」だった。木下恵介陸軍省からの依頼で戦前に撮った最後の作品なんだけど、今の感覚で観たらどこが反戦映画?って感じなんだが、当時はこれで木下恵介はしばらく(戦後まで)干されたらしい。軍国主義おそるべし。岩井俊二が来ていて、あ、岩井俊二だ〜と思った。

 バック・トゥ・ザ・フューチャーリバイバル上映にも通った。全シリーズの上映は滅多にないことなので行けてよかった!!あれは結局ドクとマーティの友情の映画だよね!最高すぎて号泣してしまった。本当に大好きだな。本当に大好きです。最強のエンタメです

 

 そして10月あたりからは絶対に風俗から足を洗うぞと覚悟を決めて、まずは本屋で年明けまでの短期バイトを始めた。11月の誕生日当日には兵庫の豊岡でスカイダイビングをした。

最近は自分の誕生日には何でもいいから何かしようと思ってて、まぁサプライズパーティとか開いてくれちゃう友人もいないしただ寂しさから逃げたいだけなんだけど、25歳の誕生日の時はレズ風俗とか行ってめんどくさいから何も書かないですけど結構楽しかったですよ。

何で兵庫かというとあまりにも思いつきすぎて近場だとどこも予約が埋まってて、当日飛べるのが兵庫県豊岡市にある「スカイダイビング関西」だけだったからです。

前日に京都まで前乗りして朝一でラーメン食って生理2日めというありえないバッドコンディションの中で飛びました。

飛ぶ前は緊張したし多少は怖かったけど、飛び降りた後は味わったことのない風圧を受け止めるのに必死で怖いと思う余裕すらなかった。息できないし目開かないし、インストラクターの人に「すいません、この状況に耐えられるの少なく見積もってあと10秒くらいです」って言いたかった。実際、たぶん飛び降りて1分もしないでパラシュートが開かれたので、ほんとに一瞬のことだった。

あとは5分くらいかけてゆらゆら降りるだけなので景色を眺めながら着地した。んで、しばらく気持ち悪くてトイレにこもってた。どうやらスカイダイビングは酔うらしいです。1万くらいで飛べるなら3ヶ月に1回くらい飛びたいなって感じでした

  

 年末はそれなりに忘年会らしいことはしたかもしれないが特に何もなかった。

 

以上、2016年の出来事でした。

 

ユリ節

6月14日、昼の12時に精神統一が必要な重めのイベントが控えていたが、余裕をもたせて早起きをすることができなかった。とはいえ、ギリギリという訳でもなかった。なので私は、急ぐことも、ゆったりとすることもなく出かける準備を進めていった。

前日夜更かしをしたせいでむくんでパンパンになった自分の顔のいたるところに、念入りに科学物質を塗り重ねていった。肌は白くなり、目の周りは黒くなり、頬や唇は赤くなった。そして、美人ならさぞ楽しいのだろうなという気持ちで顔をしかめながら鏡の前で何回も服を着替えた。鏡の中の自分と何回か目が合ったが、その度に自嘲気味の乾いた笑いが出た。

アバターの衣装が決定したところで、家を出てパンクぎみの自転車にまたがり駅に向かった。久々にスカートというものをはいたので、足がスースーする感覚を楽しんだ。

電車の中で読みかけの本を開いた。だけど目的の駅に近づくにつれ、文字に心が追いつかなくなっていき、一つ前の駅で本を閉じて静かに深呼吸した。しおりは読む前の元の位置に挟んだ。

目的の駅に着くと、ある場所に電話をした。場所の説明を受けて、歩いて5分くらいのところにある工事中のビルに向かった。

エレベーターが降りてくるのを待っていると、全体的に媚茶色をした変な男に話しかけられた。この手のビルの入口付近でウロウロしている男の目的をわたしはよく知っているが、なにがなんだかわからないといった顔をしてそそくさとエレベーターに乗り込み⑦のボタンを押した。

エレベーターを降りてカーテンを潜ると、受付には口髭を生やしている眠そうな顔をした男と、スキンヘッドの大柄な男の二人がいた。二人ともスーツを着ていたが、勿論堅気の着こなしではなかった。

口髭の方に下の階へ移動させられて、履歴書代わりになるという応募用紙に名前、住所、電話番号、自宅から勤務地までの距離などを書かされた。その他、借金はありますか?傷跡やタトゥーはありますか?などという質問にも正直に答えた。身分証のコピーもしっかり取られた。

その後、口髭と代わって店長と名乗る男が現れた。話し方に特徴があって、アクが強く、面倒くさそうな男だったが、卑怯な人間ではなさそうだった。闇金ウシジマくんの登場人物にいそうで、しかも殺されてそうだな、というのが最初の印象だった。

言われるがまま小さなスタジオに移動し、下品なピンク色のナース服に着替えさせられ、寄せたり上げたりしながらカメラの前で渾身の作り笑いを決めた。1時間後にはフォトショのプロが加工したわたしではない誰かの写真が店のホームページに上がる。

そんなこんなで1年ぶり(7回目)くらいの風俗復帰を果たしたのでした!

この日は、競馬と酒が好きな日焼けが似合う職人の男、西武球場でもらえるピンバッジをリュックにたくさんつけている野球オタクの毛深い男、イオンシネマで映写のバイトをしている弟より年下の21歳の男の子、帰りに車で待ち伏せして家まで送るよ攻撃を仕掛けてきた音楽関係の仕事をしている自信過剰な男の4人が相手だった。

不思議と、良心の呵責や、不安、葛藤など、予想していたあらゆるネガティブな感情は少しも生まれなかった。心の鏡である部屋も変わらず綺麗なままだ。頭の中ではアンパンマンのマーチが流れている。わたしはあんぱんはどちらかというとこしあん派だ。

タイムカウンセラー

時の流れというものはいつもわたしを驚かせ、そして泣かせてくる。今だってそうだ。いつものように仕事を終え、いつものようにレンタルビデオ店に寄り、いつものように1本100円のDVDを4本借りて、家に帰ってくるなりそれをテーブルの上に放り投げ、ベッドの上に腰掛ける。金魚の死骸のようなプカプカとした視線をぼんやりとカレンダーに合わせると、2015年の半分が終わろうとしている事に気づく。ついさっきまでこたつでみかんを食べていたというのに!?

世の中なんとかしようと思えばなんとかなる事なんてのは山ほどあるが、時間だけはどうにもならない。戻れよ進めよ止まれよと願ったところでそれが実現することはありえない。わたしは机の引き出しにタイムマシンを隠してる訳でもなければ、ザ・ワールドが使えるスタンドを持っている訳でも無いからだ。

ふと、人生とは一体何ヶ月あるのだろうと考えた。インターネットという文明の利器を使って調べたところによると、現在の日本人女性の平均寿命はなんと86歳なのだそうだ。それを踏まえて、一ヶ月を平均30日として計算すると、大体1046ヶ月ということになる。偶然にも自宅から会社までの往復の交通費とピッタリ同じ数字が出てしまった。この気持ち悪くてどうでもいい偶然から何か意味を読み取ってみたかったが特になにも思い浮かばず、そんなことより往復の交通費が1046円もかかる会社になんてもう行きたくねえな、自転車で5分で行けて時給5000円くらいのところで働きてえなと思った。

ところで、この1046という数字、少ないと感じる人間もいれば、多いと感じる人間もいるだろう。私はというと、最近の自分の体感時間での1ヶ月を考慮すると、とても多いとは思えなかった。それどころか、驚く程少なく感じた。既に283ヶ月という月日を過ごしてしまっているし、どう足掻いたところで加齢による人生の加速は免れないだろうと思うからだ。ジャネーの法則にも、「生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例する」とある。(シュタインズ・ゲートで得た知識!)

それに、人生とは心も身体も思うように動かなくなってからの方がずっと長いのだ。思うように動く残された時間はたぶん想像以上に少ないだろう。しらんけど。

”わたしは一体何をやっているのだろう・・・”というごく当たり前な感情が私の気分を暗くさせ、この暑い中、頭から布団をかぶらせた。何百回、何千回、何万回と感じている事だ。この感情とは数え切れないくらい同じ夜を過ごしたが、常にわたしを苦しめてきた。慣れることはなかったし、慣れたくもない。折り合いをつけ、共存するつもりなど毛頭無いからだ。自分の人生を確信する日なんてくるのだろうか・・。くれば私のおかげだし、こなけりゃ私のせいだ。

9-7=10

忍者ブログから引越しを致しまして、約1年ぶりの更新でございます。4つしかない記事をわざわざこちらに運んだ理由というのは、強いて言うなら貧乏性だからです。いや、強いて言わなくても貧乏性だからです。わたしは貧乏性なので、もう行かないだろうと思っている店の割引券でも捨てられないし、スーパーでもらったビニール袋は小さく折りたたんで保存しているし、4つしか記事がないブログでも消さずにわざわざ引っ越したりするんです。

ところで、ブログの更新をしなかったこの1年間、色々な事があったような気もするし無かったような気もしますが、大きく変わった事が2つあります。1つめは、去年の4月から1年間お付き合いしていた不倫の彼氏と別れたということ。2つめは、なんとビックリ、一応堅気の会社で働いているということです。「一応」を付けなくてはいけない時点で少し察してほしい部分はあるのですが、とにかく、このわたしが労働者として社会に出ているのです。ところが週に4日しか出勤はしておらず、お昼上がりや15時上がりなどなめくさった日も結構あるので、給料は9万円くらいなんです。わたしが住むアパートの家賃は7万円です。わたしはさんすうがニガテなんですけど、引き算というものをやってみたところ、9-7=2なんですよ。9から7を引くとどうしても2になってしまって、わたしとしては10は欲しいところなんですけど、どうしても2なんです。2というのは勿論、わたしの手元に残っている福沢諭吉という偉人が印刷された命より重いあの紙の数のことです。全然足りねーよ。銭ズラ!銭が欲しいズラ!

いけいけ青鵬

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アリギリス宣言をしてはみたものの、さきほど応募していた会社から連絡があり、「申し訳ありませんが選考漏れとなってしまいました」とのことでした。

ふざけんな、納得できるかボケ、お前が辞めてわたしを雇え。などと次々と出てくる罵詈雑言を喉で飼っている妖精達にクッと止めさせ、透き通るような声で「アッ、ハイ。わかりました。」とだけ言い、電話を切りました。

そんなわけで、根っこから腐りきっている精神的不具者であるこのわたしが、次次!と前向きで熱意のある気持ちを持って行動を起こすことなど当然できるわけもなく、当分は飢えてしぬ未来を想定しつつもはたらかずにうたをうたうという愚かなキリギリス生活をしなくてはならなくなった次第です。ポテチうめえ~ ゲームおもしれ~ このままじゃしぬ~

 

ところで先日帰省したのですが、箸が使えないのでフォークでラーメンを食べる母親、集合時間や集合場所を決めるのがストレスで人付き合いができない父親を見て、この二人から産まれた自分は実に納得の出来だなあと改めておもいました。血め

13の頃から腐れ縁でつながっている、関係性を既存の言葉に当てはめる事ができない、井戸底生まれ井戸底育ちのクズ女の妹(中2)の運動会へも行ってきました。彼女の妹とは7~8年ぶりの再会でした。当時はまだ小学校にも上がっておらず、既にオ○ニーを覚えていることなどを省けば、人懐っこくて本当にかわいい女の子でした。久しぶりに会ったなっちゃんはスッカリお姉さんになっていて、応援団に所属していました。不良少女やアバズレになってはいないかととても心配していましたが、杞憂におわりました。わたしは抱きしめて激励の言葉をかけました。「私たちみたいになっちゃダメだよ。」と目を見て訴えました。

 

広い校庭で、田島征三の絵のように動くまるで燻製のように日焼けした中学生を見ていると、汚れきった心を持つ私としてはこみ上げてくるものがありました。500年ぶりくらいに食べたみんなで食べるてづくりのお弁当もおいしかったです。

 

しかしそんな感動も束の間、午後の演目”女子綱引き”がはじまろうというとき、私が持参したかわいらしい動物の柄のレジャーシートに二人並んで座りながらはじまった会話は、その場に全くふさわしくないものでした。

「今AVやってるの。毎日お酒飲まなきゃ寝れない。」と酒焼けした声で泣きながら話す、二人の子供を施設に預けてホストで遊びまくっている彼女に同情の余地は全くありませんでした。憎いやら哀しいやらおかしいやらで、わたしはどんな感情を抱き何を考えたらいいのかも分からず、すぐそばににあったかき氷の屋台を見ながら、「やっぱりイチゴ味かな」なんてことを考えてました。

 

女子綱引きが終わり、次の演目”騎馬戦”がはじまる頃、終わりが見えない会話をひとまず切り上げ、男子中学生の裸を見るべく、目をらんらんと輝かせながら二人で校庭の中心へ歩いていくと、なんと着衣したままでした。

つらいのつらいのとんでいけ

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さて今日は何を書こうかしらとパソコンを立ち上げた瞬間Skypeの通知がきたので見てみると5年前にmixiで知り合った精神の障害を抱える女友達からでした。

別れた彼氏に俺のパソコン返してと言われたのだけど、重度のネット依存症の為パソコンを手放すのに抵抗があり、どうにかして返さないで済む方法はないかと考えた末、「別れた彼氏がこわい!」と警察に通報することにしたのだが、当然のごとく取り合ってもらえず、第三者からの通報なら自分の話を真剣に聞いてくれるのではないかというわけのわからない理由で刃渡り17センチの包丁と消化器を持って近所の家に「刺さないので通報してください!」と乗り込んでいってしまったのが去年の秋の話で、措置入院のあとも警察の事情聴取が繰り返され、明日は検察に行くことになったのだけど私は元気です。といった内容でした。元気なのはいいことだとおもいます。

ところで措置入院ってなあに??とおもい調べたところ、

精神疾患があって、そのために自傷行為や他害行為をしてしまったか、あるいは今後する危険がかなり高い。

●保護した警察官、検察、一般市民などからの通報があって行政が動き患者を病院に連れてくるに至る。

精神保健指定医2名が診察し、2人そろって「精神疾患があり、そのために自傷他害の危険性が高い」と診断される。

●その診察結果を受けて都道府県知事あるいは政令指定都市市長が行政措置として入院を命令する。

措置入院は、上記のような非常に厳しい条件で、自己や他人に危険性のある場合に保護・収容する目的でなされるものでもあるために、それ以外の入院とは違い、基本的に入院中の外出や外泊は大きく制限されます。つまり、相当な医療的保護監視のもとではないと、病院外に出ることさえできないのです。また医療保護入院と同様に、場合によっては隔離・拘束などの行動制限を使用することもありますが、これも医療保護入院の場合と同様な一定のルールのもとで実施することになります。

 

とのことでした。いわゆる強制入院ってやつみたいです。留置場には行かなかったらしいです。
わたしの友人は減少の一途をたどっていますし、(レッドリストで例えると絶滅危惧ⅠA類あたり)残り数少ない友人の一人である彼女にはしあわせになってもらいたいと結構本気でおもっています。久しぶりに会いたいと言われたから、刃渡り17センチの包丁や消化器を持ってこなければいいよと答えました。幸あれ!

アリギリス

2時間と8分前に日付が変わったので、2014年5月20日がこのブログのスタート日です。

新しくブログを開設するにあたって、機能・特徴などのブログ比較一覧などを見て吟味したんですが、結局名前が気に入ったという理由で忍者ブログに決めました。毎日したためるで候。自意識垂れ流しの術。

先日、638日ぶりに堅気の仕事をする気になったので職探しをした結果、明日、スーツを着て職場見学などというものに行かなくてはならなくなりました。キリギリスからアリになるのです。いや本当はなりたくない。アリにもキリギリスにもなりたくない。アリはつまんねえし、キリギリスは馬鹿だ。

だから私は間をとって、アリギリスになることにします。働くし歌もうたうぞ